9月 消えてゆく時間軸

 

シグナルや粒子を通し

意識と物質へ影響をあたえる灰色圧

一方向へひとの意識をかっさらい

ロボット社会のさらなる確立を目指す

脚本ベースのドラマの茶番さ

それは稚拙で わかりやすすぎて

そのなりふりかまわない必死な様子から

彼らの存続への激しい危機感も感じます。

 

ただ、目にする(見させられる)大部分は

灰色の意図どおりの展開をみせてもいて

たえまのない操作と支配 制限の圧力に

自身の思考が無意識に影響をうけ

つくられたドラマにのみこまれているひとも

少なくないのかもしれません。

太陽が放射するエネルギーは 人類意識の反映でもあり

ここ数日の太陽黒点の増大や 大規模フレアの発生も

集合意識の状態を、太陽に見ることができます

 

そんな灰色芝居を 横目か遠い目にしながら

ヘビーメタルな8月を超えて

さらなる切り替わりのなかでみる はじまりの兆候

それはこれまで以上の鮮明さで

明るい確かな希望の光と 未知なる無限の可能性

その唯一のリアルであり 真実を

胸に 全身に、ひしひしと感じられているひとも

いまのとき、多くおられると思います。

 

見せられる虚構現実と いまこの瞬間の自身の真実

そのふたつを唯一つなげる(それももう消えかけている)

共有する時間軸を車線にし ことなる次元で並走しながら

それぞれの裏側、内の奥にあったものが 完全露わに

リバーシブルな それも反転のきかない状態で展開する

コントラスト強烈な 9月の始まり、

 

今年に入り、ほぼ息つく暇もないままに

この追いつけ追いこせの並走状態がつづくなか

ふたつがぶつかり交わる距離にいた場合

それは二人三脚状態ともいえて、

自身の軸を保ちながらも

いまぜんたいスムーズにいかなかったり

ひきづられるようなしんどさやきびしさを

感じられているかもしれません

 

その双方の足くびを結びつける紐にあたる

時間軸であり 制限は、

いよいよこれから ほどけはじめ

(灰色が必死の理由です)

このふたつを結ぶ紐が消えたとき

そのときいるのが、のこるのが

連れてこられた場所 つくられた自分でなく

自分自身であるならば、

 

あとはもう、もつれる足を気にすることなく

不要なしんどさはだいぶに消えて

ほんとうの軽やかさ、

しんの自由を 全身に漲らせ

自身のゆく道、自身の真実を

楽しみながら 味わいながら

ゆく道の一歩一歩

一心にほんとうを注ぎ走り抜けてゆく

そのとき並走していたイリュージョンは

自身のリアルに存在しない

そんなかんじの

分かれ目のときにきたと感じます。

どっちに残るか。

とても大切な 重要なとき。

自身の軸に留まり続けてください。

 

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トキノネ  本気圧のときなどつぶやきます

 

どっちをみるか、

自分がみているものを 行くか 生きるか

誘惑や先導や操作に幻想そこかしこのなかも

どうしたってたしかなもの、

そちらにぎゅっと 目を、意識を

 

これからでゆけば、秋の日の美しさ

木々の色づきに 風の心地よさ

そんな魂がよろこびにうごくほう

そっちのほうへのフォーカスが、

この混沌のときを シンプルに真実にむかわせる

助けになると思います。

 










8月 夢の現実

サンさんだいすきな父との遊び(ぬいぐるみをつるしてぐるぐるおいかける)

 

8月 父とサンさんが同じ日に体を離れ

一年が経ちました。 ここ数日はとくに

全身麻酔をかけるみたい 心と感覚をオフにして

このポイントを迎えました。 というのも

しばらくは泣いていないときがないままに日々をいて

一年が経ついま、泣いていない自分で

父とサンさんに会いたくて。

年末以来に実家へ帰り、一泊でしたが

家族と過ごし、夕ご飯は父の学生時代の思い出の

長崎にある茶碗蒸しが有名なお店の茶碗蒸しを

みんなでおいしいおいしいと言いあって食べ

窓側のいつもの席には父もいて ほのかな笑顔で。

京都では父ともほとんど会わなくなっていたから

ひさしぶりにみんな揃い ごはんを食べる時間は

あたりまえでなつかしく

大切なときを過ごせました。

 

あの日からいま、父とサンさんがここにはいないことが

夢をみている 夢のなかのことにしか感じられず

目の前の現実を、その現実の外から私も見ているみたい

どちらかというと、父のいる場所の方がぜんぜんリアルで

わたしもそっちよりの場所にいて

いまいる世界を離れてみながら そこでの現実は

其々の意思に粒子が立体映像化し展開している

まるで夢の世界のように 心には映ってしまい

その心地に慣れないまま、

この夢のような次元で私も 私ができること

さきに旅立った大切なひとたち

そのみんなからできたわたしを

そのみんなを私を通し生きる想いで

いま、いまこのいまを、そんなふう

やっと見えて一日、

実際はいまこの一瞬の いまの瞬間を

自分をとおし、みんなからもらった愛を注いで

過去もなく 未来を見てでもなく

刻、刻を、刻々とゆく かんじでいます。

 

いまの心地、いまできるありかたも

8月に入り またすこし、それか大きく

変わりそうにも感じています

それは私個人においてというより

変容の波のなか、たくさんのひとが

今後自身が選んだ道において

なにかしらカチッと局が切り替わるような

次元の転換における現実を含めた現れかたで

過去にない新しさをもって認識されることになる

これからみんなが

新しい世界のひろがりに入ってゆかれる

そんな流れに入ったと 感じます。

 

胸と腕をひろげ、これからの波がもたらす

マジカルな現実展開、わくわくに受け止められ

体験をされてゆかれてください。

 

日記、いつも個人的なこと中心になっていますが

ほとんどしんとしているトキノネ

集合意識の動き、灰色のスケジュール

その現われに感じることなど

うっとうしく思われるくらい

どんどんと呟いてゆきたく思っています。

こちらもよかったら、よろしくお願いいたします

トキノネ

 

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猛暑つづく毎日、水分と休息意識的にとられまして

どうかばっちり、お身体ご自愛を願います。

いつもとても、ありがとうございます。

 

 










7月 カササギの橋

 

雨に運ばれ7月に。日々異なる雨音は声と同じに思います。

世の中の現れも 個人の目の前も ぜんぶがあんまりにも

露わになって、美しさも違和感も どちらもが強烈なぶん

コントラストの極まりは一色になるような

バリへの旅、緊張のなか空港から外へ出た瞬間の

ひろがる景色の強烈さを思い出します。

緑やオレンジ赤に黄色 黒に茶色に よどっともぎらっとも

夫々がビビッドにカラフルに独自の色味を発しながら

そのすべてが熱量の放射でひとつに見える

表と裏 陰と陽 ふたつでひとつなんだなぁと

最近特に、それをつよく感じます。

そして、そのどっち側を生きるかなのだと思います。

 

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いっぱいの魂が 出会うべく魂にひきあって

そして橋や道がうまれたらいいなぁと

なんだか七夕は ロマンチックな想いになるのがいいです

暑さと湿度にはどうかお気をつけられまして

みなさまよき夏を お過ごしください。

 










6月 メッセージ

 

映画『Arrival(邦題「メッセージ」)』

それは現実に本当にあって、そこに自分もいたかのように

映画を観終わったあとの余韻とは違う

その場所での体験と知覚がなお継続し

自分もそのメッセージを受け取ることで

意識が違う視点、領域にセットされる

スクリーンを通し 意識が多次元へとむかう

素晴らしい作品でした。

 

私のこころのベストスリー(映画)

十数年ぶりに入れ替わり、

燦々、救われる想いを 感じています。

上映は始まったばかり

ぜひ映画館での観賞をお勧めします。

言語を越えた想いひろがる作品ですが

映画を観られた方、

また感想共有しあえたら嬉しいです。

 

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6月。いかに意識を今に自身に保ち続けるか。

胸と意識の目をしゃっきりに

どんなスクランブルがかかったなかも

それを影響の外で眺められるよう

自身の軸からの 振動の保持を。

 










名前をよぶ声

 

18年生きたららはその間にものすごい数の名前をもってた

ららは大好きだったキキララからとって ららになって

そのあとに記憶にあるのは、ニャジラにぐれねこ

そこからぐれたん、暴走にゃんこと 激しめだけどとても

ららをよく表していて、あとうめちゃんと、よくよんでいた。

 

サンさんもあだ名は多くて、

サンディーから短くなって、サンちゃん サンコ、サン、サンたん、

わたしはなんでかある期間 マルキーニョスとよんでたり

サンさんがまるく太ってからは、母は最初にとんちゃんと

そしてトントン、とんぺーとよび、

最後にはとんと、よりダイレクトになっていた。

サンさんはとんとよばれるのが嫌そうだとも母はゆってた。

 

呼び名というのはとても不思議で

これはオーラをみるのと似ているところもあるのだけど

誰かの名前を声にするとき、その声(名前)のなかに

そのひとにとっての そのひとへの想いや認識がつまっている

例えば太郎さんが花子さんの名前を「あのとき花子さんは...」と

きのうの話をするとき、その花子さんの名前に意識を傾ければ

ああ太郎さんにとっての花子さん、こんなここちなのかと

自分の胸に太郎さんの認識を感じ取れる。

そのときのなうでなくても、そのときの名を呼ぶ声を思い出せば

同じように それがわかる。

難しいように思われるかもしれないけど

いちどちょっと試してみられたら

(コツは、太郎さんが声にした"花子さん"のぶぶんを

自分の胸にぽとりとおとし、ひろがる波紋の振動を感じとる)

けっこう え!っと ただわかる、その感覚があるかもしれなく

これは最初宇宙に教えてもらい、

最初に試してみたときに、びっくりしたのを覚えています

 

そうしてなんとなくコツをつかむと、さいごはじぶんが

誰かの名前を声にするとき、じぶんでも認識していなかった

じぶんにとってのそのひとが どんなかが、ぱーんとまっすぐ

胸にはっきり 否応無しに わかったりもし

それがそれまでの認識とギャップがあると

とまどう場合もあるけれど、

それじゃあほんとうのほんとうはどうなんやろうとなったとき

声の一滴は 思考よりも確かな場合があり

誰かの名前を声にするとき

それはどうしてもそのままそのものになる作用から

どっちがと見極めたうえでもやっぱり、答えはシンプルな方

ただそうである  声から得た、その感覚にいたることが多いです。

 

じぶんは見えないものはわからないと思われてるかたも

これはむちゃかんたんな情報へのアクセス

そこから感じわかることで

もっとこころをかまえずに、安心してひととの関わりが

もちやすくなったりする、その逆もあるかもしれないけど

予測や期待 不安からの思考のもやもやで

自身のありかた制限をされるより

なんとなくでも、もやもやの奥がわかることで、

ハートのままにじぶんをありやすくなる

名前を呼ぶ声をハートで感じる  よかったらお試しを。

 










5月 Life is Fruity

 

                  『人生フルーツ』


オレンジに黄色、宝石の煌めきが

頬や鼻に 胸へと降り注ぐ 新緑のきせつ

先日みた映画『人生フルーツ』

丁寧な暮らしから紡がれる循環の育み

そこからうまれる 豊かな音、光と 色彩

おうちの庭にはそのきらめきが端々にあふれ

匂うようにひろがって、ふたりの暮らしに触れて

丁寧に日々を生きるということを

あらためて内に見つめました。

 

丁寧に生きるというのは

まずは自分に丁寧であることから

それがものやことやありかたへと繋がるけれど

でもそれは、注ぐ先は自分を通して

まだ見ぬ未知の未来へむけた

未来に生きる すべてに対してでもあって

 

最近思う、時間というのはあって存在しない感覚を

ここでも ものすごく、感じました。

いまを大切にすることは、それは未来へも

いまを大切にできるのは、それは過去にも

どれがいまで未来で過去ではない意識場にいて

そこにどんな点をこの次元へと発するかのみが

それが生きるということのチャレンジなら

その点に、一滴に

じぶんがじぶんでいまをある、

そのじぶんにつまってる全てへの感謝を通して

そのつまってるものを自分を通して

いまこのときのなにかどこかへ、落としてゆけたら

それが土を肥らす 一滴になれたらと

そのために、自分を丁寧に注ぎ生きよう

そんな思いをかかえながら

映画をみた帰り道、自転車をこぎました。

 

まだ、作品から受け取ったこと、まだまだ

しっかりちゃんとは見れていなくて

その理由のひとつは、ふたりが、おうちも含め

じぶんの父母にまるでにていて、

つい重なって、みてしまい

そうなると、感情がさきばしり

内の静けさぐるぐるになってしまうのだけど

それでも、なにか大きいなにかを

しかと胸は受け取っているのはわかるから

すこしづつ、なだらかに静けさでならしていって

受け取ったなにか、ちゃんとみてみたいです。

 

私が行った日は立ち見のかたもいっぱいで

連日満席と映画館のかたゆわれてましたが

もしもタイミングあいそうなとき

ふたりの笑顔、声に木々、枯葉に実り

よかったら、ぜひ映画館で

 

5月の スケジュール アップしました。
トキノネでは いま共有を!

と思うことなど つぶやいています

 

外の風に激しさや厳しさを感じても

それで多少やどっぷり、ゆらいだとしても、

その自分をせめたりそこを凝視したりするよりも

この今に、今この瞬間の自分の内に意識をむけて

核なる軸の貫きを確認し、

軸がここや こっちやと

ぐいっと自発的に傾くほうを しんに見極め

そしてそこから一歩をゆくことで、疲れの発生が減ります。

魂のウォントを生きる。とてもシンプル。

 










4月 よろこびへのチャレンジ

 

去年の春は岡山に帰っていました。迎えにきてくれた母と
川沿いの桜並木を、歩くはやさで車のなかから通り観たとき
ずっとがやついてたこころ、さくらと土地のやさしさに
ほわっと胸が、しずかになりました。 よき春でした。


遅咲きのさくらさく道、
どんな想いでむきあえばとわからなく
まっすぐにみることなしに
通り過ぎてしまった昨日と今日
今年も花を咲かしてくれたさくらたちに
想いまとまらなくてもいやはやと、ありがとうと
笑顔をむけられるよう、明日をありたいです。

 

4月の スケジュール アップしました。
トキノネでは いま共有を!

と思うことなど つぶやいています

 

自身の喜びをただまっすぐに見ることも
難しく感じるような、世の中の動きと現れ
そんななか、どんななかでも
自分が見ている、そして認識していることが
自分の現実になりますから

すべては意識。

外のせいじゃない

現実は、自分の意識。その現れだから

外がどんなであるなかも
今目の前、この瞬間に
自分の内側にある宇宙

そこにいるタマシイが
美しいと 感じること
喜びを 感じるもの
そっちのほう
どんななかも

なによりも、フォーカスを
それをいま、

チャレンジしています。

 










3月 一滴の自覚と責任

毎年近くのスーパーで箱買いした文旦を夜に丁寧にむいてくれた

父は文旦が大好きで、今年も、大切な幸せを文旦から頂いています

 

原発、福島、沖縄、基地の移設問題

それぞれの市区町村で起こっていること

政治、経済、知らされることなく進んでいること

止めようにも止まらない

何かに取り憑かれたとしか思えない

破壊のうえでの構築の流れ

流されるニュース、SNSや人づてに知る情報

現実に起こっていることと思えないような現実を

目にし耳にしては、

台風の目が毎日うまれやってくるような

ここまでのときはなかった

 

多摩川のあざらしや、コンクリートから生える

大根に盛り上がる 夕方のニュースに

そんなことを連日報道してる場合じゃないのにと

むわむわ憤るような想いをもって

まやかしにおもっていたあの頃が

もうまやかすことすらしなくなった今となっては

なんだかまだ、思いやりは残っていたようにすら

感じたりもするほど、いまはほんとうに

みたまますぎて、なんて果てしないことなのか

 

法案の成立も、戦争へむけての動きも

知らないうちに進んでいたというけれど

そんなことない。いまをほんの表出してるぶぶんを

みるだけでも、その意図、その先の可能性

危機感をもって いくらでも予見できる

 

破壊を自覚するたびに 悲しみをじぶんに感じる

人の行いと想念のすべてをうけとめながら

地球は何を 感じているのか

その想いは計り知れなくて

だけどこの自分自身から感じる地球に対する悲しみは

ひたすら、申し訳ない、謝罪、懺悔であり

この破壊的な暴走列車を

止めようがないようにも思ってしまう

自分の日々はいまの経済システムのなかで

エネルギーに水、衣食住すべて

その恩恵を得ながらなりたっていて

それを否定しきることはできなくて

だからせめて、

洗剤や化学的なものを使わないとか

買い物、たべもの、利用するお店

そんなひらたい日々の選択や

自分自身が発する音

責任をもって調律し 澄まし続け

つながりひびきあう音の総和が

現実を動かしてゆく

みえない未来を祈るように

日々を意識的に生きることで

すこしでも、地球、未来への

役にたちたい

びしびしと悲しみにうたれることで

それを懺悔に変えることを選ばない

 

3月のスケジュール アップしました

各コースのお時間やお値段、

今年に入り新しくなっております。

トキノネでは、意識の動きや現れ

これは共有をと思うことなどつぶやいています

 

ためこんだ怒りで限界がきていたり

怒りに支配されるのをどうにかとどめ

それが身体に現れている場合など

怒りで軸を失われてるかた

その怒りはどこから、なにから

うまれているのか、しっかり見極められたうえ

その怒りのエネルギーに対し

適切な対応を とられてください。

 

 










2月 近況

 

京都へきて新しい生活が始まっても

悲しみのなかで 死に対し

真から意識的にむきあうことが

できないままでおりました

 

ほんとうになにひとつ変わらない

いる まだ、話せる

それでいて、物理的な現実に

どこいったのと、ひっぱられてしまう

 

このふたつの認識の間にいるかぎり

自分は今を、自分を生きていないことを

どっしり自覚する毎日でしたが

一月におおきな機会があり

そのセパレートしてた二つの認識が

中間からの視点じゃない

内でわかる感覚

水が自分になるように

別れようのない認識へ

ぴたっとひとつに、なりました。

 

それからは、それからも

悲しみがうまれないわけではないけれど

死は存在しないという意味は

そうでしかない真実として

そこからすべてを

みる、感じるようになりました

 

その上で

いま身体をもって生きているということの

ありがたさ、

生きるとは 感謝しかないと

細胞中、内側中からがぼがぼと湧きあがる

このありがとうを

毎瞬 生きれているかというと

わたしはまったく、まったくで

感謝、ひとつひとつに

こめてゆきたいです。

 

2月のスケジュール アップしました

ホームページが少し変わり、

各コースのお値段やお時間も

新しくなっております。

トキノネでも、これは共有をと思うことなど

ときどきつぶやいています。

 

バーチャリアルにひっぱられやすいときのよう

みんな、軸を、軸にいるかの確認を

どの瞬間も。ほんとうにいま、大切です。

 










1月のスケジュールと新年の抱負

 

 ひさしぶりに目撃したぽんちゃん りっぱなぽんになっていました!

 

あたりまえで予測がついてそれがふつうで

そういったもののすべてがふきとんで消えてから

もうさっぱりとわからない、

透明なゼラチン状の未来へむかい

ただ歩き続ける  それ以外はないような

ひびのすべて未知のなか いまをいます
 

今年から、恋人のように想ってた町

京都で暮らすことになりました

岡山を離れる日が近づく朝

無事ぽんちゃんの成長を見届け

再びの関西 木の枝が伸びるみたい

もりもり 動いてゆきたき所存です。

 

1月のスケジュール アップしました

ホームページも少し更新し

各コースのお値段やお時間も変わっております

これからは、トキノネでも

今感じてることいっぱいつぶやいてゆきたく

世界にこころをひらいて

ひととであい つながりあって

未来である今を

生きてみようと おもっています。

 

みなさまも、夜明けをつげる鷄の年

身体の制限をこえて広がる無限の空間から

たくさんの創造が、豊かさが

溢れ広がり世界を満たす

宇宙元年な 一年でありますように。

今年もにじのわ

どうぞ宜しくお願いいたします。

 










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